世界へつなげたい経絡治療
~反射性交感神経性ジストロフィー(RSD)の症例を通して~
経絡治療学会 九州支部 児山 俊浩
Key Word:大敦穴の有用性・学び・未来への展望
Ⅰ. はじめに
反射性交感神経性ジストロフィー(reflex sympathetic dystrophy:以下RSD)は、発生機序の解明、治療法が確立しておらず、病気自体の知名度も低いのが現状である。しかしながら、四肢のある部位における疼痛(激痛)、腫脹、関節拘縮、皮膚色調変化を主徴とする病態であるがゆえ、我々鍼灸師にとっても臨床で対応する機会があると考えられる。そして、患者にとっては耐えられない程の強い痛み等が伴うにもかかわらず、理解がされずに苦しんでいるケースが多いのである。今回、RSDという難治性の疾患に対して、経絡治療の可能性を見出すことができればと思い、報告する。そして、経絡治療が世界へ広がるように、実践し追求して参りたいと考える。
Ⅱ.RSDとは
【定義】侵害的事象(外傷・手術等)の後に引き起こされる疼痛(激痛)、腫脹、関節拘縮、皮膚色調変化を主徴とした難治性の慢性疼痛症候群である。
【病名の変更】まず、RSDは病名の変更が推奨されている。というのも、症状が交感神経系の異常のみでは説明困難とされるようになり、1994年に国際疼痛学会(IASP)がRSDに代わる新しい疾患名として複合性局所疼痛症候群(complex regional pain syndrome:CRSP)と提唱した3)。しかしながら、臨床現場では依然として旧名称が用いられる事があり、本症例においても診断名は、RSDであったためこの名称を使用している。
【発生機序】発生機序については、多くの研究者・臨床家が考察をしているが、いまだ仮説の域を脱していない状況である。
【病期(stage)】RSDには、病期の分類がされている。発症して3ヶ月の急性期の第1期では、疼痛が主要な症状であり、灼熱痛を訴えることが多いのが特徴である(図1) 3)。
図1
続いて、3~9ヶ月の亜急性期の第2期では、疼痛は次第に増悪し、腫脹も硬性になってくる。線維化の進行により関節拘縮はさらに進行する。皮膚は蒼白となり、乾燥・萎縮が始まる。(図2) 3)。
図2
さらに、9ヶ月~2年以上の慢性期の第3期では、疼痛のピークを迎え、しかも持続する。腫脹は次第に消退し、関節周囲の肥厚のみが残り拘縮も著しいものとなる。指尖の萎縮も著明となり、皮膚は萎縮し蒼白で温度も低下し乾燥する。(図3) 3) 。
図3
【西洋医学的治療】・非ステロイド系消炎鎮痛薬 ・早期ステロイド療法 ・ノイロトロピン ・リリカ ・抗うつ薬 ・交感神経遮断薬 ・星状神経節ブロック ・末梢神経幹ブロック ・直線偏光近赤外線 ・理学療法 ・抗けいれん薬 ・ゼスタッククリーム ・神経電気刺激法 ・精神療法 ・手術療法3)
西洋医学的治療としては、様々な治療方法があるが、RSDの発生機序の解明、治療法の確立はいまだされていない。
Ⅲ.症例
患者 43歳 女性
【主訴】RSDによる右手、右前腕の関節拘縮、激痛、腫脹。
【現病歴】2008年2月より時々右手指にこわばりがあり、5月に右手、右前腕に関節拘縮、激痛、腫脹が現れ、整形外科で慢性関節リウマチとの診断で治療に入ったものの痛みと腫れはひどくなる。6月に大学病院で受診したところ、RSDと診断を受ける。鎮痛剤とステロイド剤、抗うつ剤の投薬で12月に右手、右前腕の痛みが少し軽減したが、痛みが依然強く腫脹していて、右手指の関節が硬直したようになり、物を掴む、握るという動作ができない。2009年5月に当院に初診で来院し、経絡治療を開始した。この時すでに、病期は第3期の慢性期に入っていた。
【随伴症状】左踵外側の内出血、肩こり、長年の冷え、強い生理痛(子宮内膜症)、毎月風邪をひく、急性腰痛症(ぎっくり腰)、右頸部痛、動く気がしない程の体のだるさ、食後の胃のつまり感、足のむくみ、みぞおちのしこり感、右外踝の腫脹・疼痛(外傷ではない)、夜中に鼻血、基礎体温が低い。
自宅での家事中に左踵外側に内出血ができ、歩行時に痛みが伴うものをはじめ、打った訳でもなく突然の右外踝の腫脹・疼痛や睡眠中に鼻血が止まらないなどの14項目の症状があった。これらは、経過の時々の中で現れた症状をまとめている。
【治療方針】六部定位脈診による十二経絡の虚実を診断し、証に随って難経六十九難による選穴を行い、虚する経絡には補法、実する経絡には寫法を、経穴に鍼灸を施すことによって、全身の治癒力を最大限に高めることを行った。
【診察・証】六部定位脈診にて肝経虚・肺経実・腎経虚・胆経実を主証として行った。
【治療方法】鍼:セイリン社製鍼灸針JタイプNo.2(直径0.18)×40mm(1寸3分)ディスポーザブル鍼使用。単刺術 2~5mm刺入。
主な取穴:曲泉、肓兪、復溜、陰谷、肝兪、腎兪に補鍼。尺沢、陽輔、肺兪、胆兪に寫鍼。
灸:透熱灸 半米粒大3~5壮。
主な取穴:大敦、肝兪、尺沢、復溜。
皮内鍼:セイリン社製皮内鍼 SSタイプNo.02(直径0.12)×3mmディスポーザブル鍼使用。1~2mm刺入。
主な取穴:曲泉、肝兪、尺沢、復溜。
今回特に、治療の鍵となったのは、大敦穴への施灸であった。『難經』六十九難には、「虚せず実せずんば経をもって之を取れとは、是れ正経自ずから病を生じて他邪に中らざる也。まさに自ずから其の経を取るべし。故に経を以って之を取ると言うなり。」5)とこのように、本経の自病は本経上の経穴に治療を行うと記載がされている。今回の脈証においては肝経虚が著しいため、自経である木経の木穴の大敦穴を選穴した。取穴の位置は、滑伯仁著書の十四經發揮に「大敦は足の大指の端、爪甲を去る事韭葉の如く及び、三毛の中にあり。」4)とあり、聚毛といわれるIP関節ラインと爪上皮ラインの中央に取穴した(図4)。
図4
【経過・結果】<初診の状態>
治療を行う前の初診の状態は、右手、右前腕の関節拘縮、激痛、腫脹のため右五指が全く手掌につかず、右肘から手にかけて動かしにくい状態であった。さらに、左踵外側の内出血、肩こり、長年の冷え、強い生理痛(子宮内膜症)、毎月風邪をひくという随伴症状があった(図5)。
図5
≪関節拘縮≫
患者が一番の主訴としていた症状が、関節拘縮であった。その関節拘縮において、大敦穴がとても有用性が高かったので、その経過・結果を伝える。初診~48日目(8診目)の経過であるが、特に初診~13日目(3診目)では、施術最中では右母指・示指が手掌につき、「大敦穴」施灸後、右母指・示指・中指・薬指が手掌についた。患者は、鍼をしてもらっている最中から右手の第一、第二関節が緩んでくるのがわかると言われていた(図6)。
図6
62(9診目)~69日目(10診目)では、9診目の施術前は右小指が手掌まであと1㎝程でつく状態で、「大敦穴」施灸後には、右小指もなんとか手掌につくようになった(図7)。
図7
97(12診目)~104日目(13診目)には、治療後、ぎゅっと握れるまでになった。そして、物もきちんと握れるようになった(図8)。
図8
それから、139(17診目)~167日目(20診目)には、患者が望まれていた右示指頭が指の付け根であるMP関節につくようになった(図9)。
図9
さらに、195(23診目)~202日目(24診目)では、右中指頭がMP関節につき、生活には支障はなくなった。そして、患者は残り薬指と小指がしっかりと握れるようになりたいと望まれていた(図10)。
図10
258(28診目)~286日目(30診目)では、右示指・中指・薬指頭がMP関節につき(図11)、
図11
307(32診目)~370日目(36診目)で、右示指・中指・薬指・小指頭がMP関節につき、370日目(36診目)で治癒とした。その後予防と健康管理のため、月2回ペースで671日目(55診目)まで診たが、再発はなかった。手掌につくだけではなく、MP関節につくようになったのは、証に随った大敦穴への施灸の大きな効果であると考えられる(図12)。
図12
≪激痛・腫脹≫
そして、第2、第3の主訴の激痛と腫脹であるが、激痛にはペインスケールであるVASで示した。治療前にVAS80㎜であったのが、徐々に下降し76日目(11診目)には0㎜となり、これ以降0㎜となっている。腫脹は、触診による左右差を表し、はっきり差が見られるものを(++)、やや差が見られるものを(+)、差がないものを(-)とした。これについては、初診治療後では変化がみられなかったものの、6(2診目)~13日目(3診目)には(+)になり、20日目(4診目)には(-)となり、これ以降(-)となっている。ただし、状態が良くなってきていたところの188日目(22診目)に飼い猫が勢いよく走ってきて、右薬指・小指にぶつかり、(++)となったが、195日目(23診目)にはすぐに(-)となっている(図13)。
図13
≪特記事項≫
RSDの経過・結果の特記事項としては、6日目(2診目)にステロイド剤をやめている。そして、69日目(10診目)に、大学病院の担当医に「効果が出ているので鍼灸治療をぜひ続けてやると良い」と言われており、230日目(25診目)では、「大分良くなったので、診察は終了します。鍼灸治療で効果が出ているので続けて良い」と言われている。近くの整形外科の紹介も受けたが、整形外科には4ヶ月程で通院をやめている。
≪随伴症状≫
治療経過中には、14項目の随伴症状があったが、経絡治療を行っている中で、婦人科疾患、耳鼻科疾患、整形外科疾患、不定愁訴においては、1日(1診目)~3ヶ月(11診目)での治癒がみられた。また、基礎体温が以前は36度程度であったのが、36.8度にまで上昇しており、風邪もひかなくなり、このような体質に関与する症状についても4(15診目)~8ヶ月(24診目)での治癒がみられた(図14)。
図14
Ⅳ.考察
RSDは、発生機序の解明、治療法が確立しておらず、西洋医学においても治療が困難な難治性の慢性疼痛症候群に対して、発症後1年4ヶ月で経絡治療を開始し、1年で治癒したことは、経絡治療の有効性が示唆された。
症状の経過としては、始めに腫脹が治まり、続いて激痛が消失していき、最後に関節拘縮が正常になった。したがって、激痛や関節拘縮の原因にもなる腫脹の治まりが、病気を治癒していくためには必要であると考えられる。患者にとっても、施術の痛みを感じることなく改善していったことに、大変喜ばれた。
この症例では、六部定位脈診による、特に肝経虚を主体とした治療が良い結果に結びついた。ゆえに、肝経の自病が主であったと考えられる。臨床において、証に随った肝経自経の大敦穴への灸の有用性は高く、大きな学びとなった。
さらに、六部定位脈診による全身治療が主訴にとどまらず、随伴症状に対しても有効な結果が得られた。14項目の随伴症状のうち、婦人科疾患、耳鼻科疾患、整形外科疾患、不定愁訴においては、1日~3ヶ月の治癒がみられた。また、体質に関与する症状については4~8ヶ月での治癒がみられた。これらは、経絡治療によって全身の治癒力を最大限に高めた結果であると考えられる。
Ⅴ.まとめ・結語
困って苦しんでいらっしゃる患者のお役に立ち、喜んでいただくことは治療家にとって本望である。治療家としての役割を果たせたのも、六部定位脈診によって経絡の虚実を補寫することにより脈を整えることが、血液の流れと働きを改善し、本来の自己治癒力を引き上げ、良い結果に結びついたのであると考えられる。
この臨床経験を通して、医療としての東洋医学の役割を、世界へつなげていくことができればと考えている。したがって、2012年9月に特定非営利活動法人アフリカ支援アサンテナゴヤの事業である第3回無料医療活動に参加し、アフリカケニアの無医地区へ医師、歯科医師、看護師、検査技師(獣医)、薬剤師、スタッフ、鍼灸師の医療チームを組んで現地へ赴き、無料医療活動を行う。そして、医療としての東洋医学の可能性を追求し、現地の方々のお役に立てるように全力で活動していきたいと考える。このことは、統合医療のモデルとしてもとても重要なことであると考えられる。さらに、現地にある材料を用いて、鍼や灸、小児はりの製造・治療方法をお伝えすることで、多くの方々の日常での健康管理に役立ててもらえればと考えている。今後、多くの方々の心身の一助となれるように最大限の努力を続けていく。
文献
1)内田淳正監修:標準整形外科科学,第11版,458,医学書院,東京,2011.
2)内西兼一郎:手の外科学,389~407,南山堂,東京,1995.
3)越智健介,堀内行雄:複合性局所疼痛症候群(CRPS),脊椎脊髄ジャーナル,24(5):550~556,2011.
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5)滑伯仁:難經本義,巻之下,元,1366.
6)加藤実,後閑大,鈴木孝浩,佐伯茂:複合性局所疼痛症候群(CRPS),ペインクリニック,32(5):729~737,2011.
7)金澤信二郎:反射性交感神経性ジストロフィー,鍼灸OSAKA,24(3):345~350,2008.
8)柴田政彦,住谷昌彦,眞下節:CRPSの診断と病態・治療,麻酔科学レクチャー,2(4):757~762,2010.
9)住谷昌彦,柴田政彦,眞下節,山田芳嗣,厚生労働省CRPS研究班:本邦におけるCRPSの判定指標,日本臨床麻酔学会誌,30(3):420~429,2010.
10)田邊豊,宮崎東洋:痛みとその治療に使われる薬剤,順天堂医学,48(3):290~304,2002.
11)西浦康正,原友紀,落合直行:CRPSの診断・治療における最近の知見,整形・災害外科,52(5):663~669,2009.
12)藤村和夫:RSDあるいはCRPSの認定・評価について,筑波ロー・ジャーナル,5:153~176,2009.
13)堀内行雄:CRPSの診断と治療-特に後遺障害の判定について,末梢神経,20(2):115~124,2009.
14)米本恭三監修:最新リハビリテーション医学,第2版,363~368,医歯薬出版,東京,2005.
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